建築モード代表 一級建築士 吉田 稔さん

一生のお付き合いとなる家は「期待以上だった」「希望がかなった」も「不満だった」も、一時的な喜びや後悔では終わりません。家づくりをお願いする依頼先はまさに生涯を共にする「パートナー」。自分たちにふさわしいベストパートナーを見つけるにはどうしたらいいのか。本誌アドバイザーで一級建築士の吉田稔さんのアドバイスをいただきながら、家を建てた経験を持つ方々の意見を参考にポイントをまとめてみました。

基本方針をもちながら勉強する

「お客さんも勉強が必要です」が、吉田さんからのアドバイスです。モデルハウス見学、インターネット、建築雑誌を参考にしながらの検討、と勉強の手段はさまざまにあります。その際に肝心なのは、自分たちの家づくりの基本方針を決めておくこと。これなしに漫然と情報を集めたり、説明を鵜呑みにするだけでは迷うばかりで収拾がつかなくなる可能性もあります。
中でもインターネットの情報量には際限がありませんので、見れば見るほど断片的な知識は増えるでしょうが、それがいい家づくりに結びつくとは限りません。家族のライフスタイルを振り返り、暮らしの場としての家をどうするか、外観デザインなど器としての家はどうありたいかの方向性を考えることが、家づくりの第一歩であり、依頼先選びの第一歩です。

家族の希望と優先順位

基本方針を決める方法として専門家が勧めるのは、家族がそれぞれの希望を出し合う場をもち、バランスを良くまとめてゆく方法です。吉田さんは希望項目に優先順位をつけることを勧めています。つまり「外観」「内装」「断熱」など主な部位毎の希望項目それぞれに、どれくらいの比重を置くかを見えやすくし、依頼先選びの参考にするというものです。
家づくりは、まず施主の希望があり、それを設計図面にし、工事請負会社が「家」という形にするという流れで進みます。どの部分も大切で手抜きや省略もできません。直接の窓口となるパートナーとして、設計事務所を選ぶか、設計と施工をはじめから建設会社、住宅会社、工務店などに任せるかによっても大きな違いがありますので、自分たちにとってどこがふさわしいかの判断材料としても、ぜひ希望はまとめておきましょう。ただし吉田さんは「建築士にもいろいろな人がいて、工事会社にもいろいろあるので、業種ではなく相手を見て決めること」をアドバイスしています。

方向性は基本性能で

「冬暖かいこと」「災害に強い家」「デザイン重視」「自然素材」「価格」「省エネ」「収納がたくさん欲しい」「明るい家」などなど、新しい家に対する期待を膨らませる時間は楽しいものですが、よく考えると、後で付け足しても事足りるものや家族構成の変化によって不要になるものもあります。そのような希望はひとまず保留にし、長期的な観点からの基本性能を重視した方針を立てましょう。
特に大事なのは見えない部分の構造で「床下や天井裏、小屋組の定期点検ができるか」「基礎、構造や工事方法」「使用する木材や断熱材の性質」などが希望の方向性と合うかどうかを確認しましょう。
例えば「子どもにアレルギーがあるので徹底的に化学物質を避けたい」というのであれば、現在規制対象になっている化学物質を避けるだけでいいのか、あるいはそれ以上に徹底して避けるべきなのかを決めておくことは非常に重要で、依頼先選びを決定付ける要素にもなるでしょう。
また「暖かい家にしたいので特定の工務店の特定の工法に興味があるが、予算やデザイン性が合いそうもない」と感じたとしたら「予算面でどこまでの話し合いが可能か」「デザイン面での対応は?」など、具体的に確認すべき項目をはっきりさせることができます。
予算に関して「絶対に○○○○円以内」と決めたい場合は、追加工事による予算オーバーを避けるためにも、見積もり段階で細かく検討する必要がありますから、業者任せにしてしまいがちな設備ひとつひとつも、後で変更にならないようこだわっておくことが大事です。水廻りをひとつ変更しただけでも意外に大きな追加費用が生じたという例もあります。
 多くの人にとって家を建てる機会は生涯に一度。30代、40代で建てる場合も、高齢になった時のことをある程度想像しておく方が、長い目でみての満足感が得られます。吉田さんは、冬期間は家全体が暖かく、部屋と部屋の温度差や、寝室と廊下・トイレの温度差を小さくし、また一年を通して外気の急激な温度変化がそのまま室内環境に大きく影響しないように配慮することが、暮らしやすさにつながるとしています。

大震災後に高まっている土地の歴史への関心

土地選びから始める方には「その土地の歴史を知ること」を吉田さんは提案しています。ひとつの目安が地名の由来。大震災以降、昔の地図から、その場所がかつてどんなところだったのかを調べようとする人が多くなってきているようです。
価格だけで購入を決めたものの、地盤の改良に予想外の出費が生じることもあり得ますし、トラブルに見舞われることも考えられます。地盤調査によって地盤の強度とともに地質・構造を調べることが、建物の設計に当って必要となることを、建て主も知っておくべきでしょう。
自分でもできるひとつの判断方法として、吉田さんは「雨の日にも土地を見に行くこと」をアドバイスしています。信頼できる依頼先と早い段階で出会ったら、土地選びから伴走してもらうのも良いでしょう。

後悔しないパートナー選び

信頼できる依頼先に出会うにはどうするか。ひとつの答えがあるわけではありません。吉田さんは「依頼先の特色を探ること」がまず重要だと言います。発注先がどこであれ、それぞれに得意分野がありますから、その分野と自分の希望が合致すればパートナーとしての適性があると考えることができます。その上で疑問点は遠慮なく尋ね、誠実で専門家としての知識が充分にあり、こちらの要望に沿いながらプロとしての対応をしてくれそうかなどを見極めることが大切です。
ここで注意すべきなのは、直接の窓口となる営業担当と設計、施工担当とのチームワークが良く、風通しの良い社内環境があるかも知っておくことです。営業担当を信頼していたのに、現場作業になったらマネージメントに問題があったと言う経験者もいます。家の建築に小さなトラブルは付きものと考え、イザという時の対処が頼りになるか、問題解決の経験が豊富で信頼できるかという視点でみていくことも重要です。「自信」と「誠実さ」を備えた業者は工事中の手持ち物件も見せてくれるでしょう。現場でいろいろと質問できるだけの予備知識も付けたいものです。
また打ち合わせを口頭だけで行うのは、後になって「言った」「言わない」の食い違いで禍根を残しがち。打ち合わせの結果は、施主・設計担当・現場担当に各々共通の記録として残されていなければいけません。経験談から多く見受けられるのは、変更工事、追加工事による思いがけない予算超過の例です。予め増工を予定しておく場合は別にして、後々までの負担が大きくなることで、不満がいつまでも残ることになりかねません。
見積もり段階で細かく検討しておくこと、複数社から見積もりを取る場合には同じ条件やプランでないと比較できないこと、予算内に収めるために何を諦めて何を残すかをきちんと決めて納得しておくことは重要です。その上で増工が生じた場合も、必要性についての裏付けや依頼先との合意があれば後悔することはないはず。当初の基本方針を確認し、よく考えた上で変更工事や追加工事をするかどうかを決めましょう。「断れなかった」「なんとなく流された」などの理由での増工は、後悔につながります。
中には「複数社から見積もりを取って、決めたのは高かった所」という施主も。高い理由が納得できたからというのが理由で、追加工事が生じることもなく満足だったということです。
親戚や知り合いなど、半ば義理からくる依頼先選びでは「遠慮して言いたいことが言えなかった」「結果として安くもなかった」という後悔の声があります。この場合も希望ははっきり伝えること、きちんとした説明を求めることなど、依頼先選びの基本に戻ることで大きなトラブルは避けられると考えられます。

口コミ情報も役立てる

家は、完成した時からが始まりです。暮らしてみてこそ、良さも問題点も浮き彫りになってきます。「保証」や「補償制度」についての説明は十分か、ポジティブな面だけを強調してリスクについての説明が不十分ではないか、建築技術はどうか、そしてアフターメンテナンスはどうか…。
「ネットの書き込みなど、口コミもチェックを」と吉田さん。業者側からの説明ではなく、立場の同じ施主側の意見は参考になるはずです。実際に家を建てた周囲の友人や同僚・先輩にも聞いてみるなど、口コミ情報も積極的に収集し、後悔のない依頼先選びに役立てましょう。