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陶器のある景色

暮らしに彩りを添える陶器の味わい

建築家の縣孝二さんが、独立8周年記念に催した映画会。映画館のスクリーンをひとつ借り切って 「ショコラ」を上映し、約100人を招いたところ、そこに偶然いらしたのが佐藤敬一郎さん。 佐藤さんは小布施町在住の陶芸家。ユニークな企画の主に興味を惹かれてランチに招待。 そんな風に始まった交友から、家づくりの話しが持ち上がり…。 少し感性のアンテナを伸ばしたら、散りばめられた家や住まいづくりのアイデアがたくさんの 陶芸家と建築家による、芸術家的建築談義。


 小布施町にある佐藤さんの「寛了窯」。明治に廃棄寺になるまではお寺だったという所。そのお寺で「いい仕事をしたお坊さん」の名をいただいたものです。古い倉庫を改装した作品展示と接客スペースは、やすらぎの中に時折心地良い刺激が射し込む異空間。時間を忘れてしまいそうです。


佐藤:焼き物というのは静かなものです。音楽のような振動もない。言葉もなければ音もない。それなのに、一日働いて家に帰った人の疲れを取ってリラックスさせる焼き物もあれば、反対に人を緊張させる焼き物もあります。焼き物をひとつ家の中に置くことで、空気が変わります。


 建築物だってそうですよね。細い柱は人に不安感を与えるけど、善光寺さんのような太い柱は安心感を与えます。梁の太さが醸し出す安心感というのも大きいですね。


縣:その通りですね。佐藤さんのお話しをうかがっていると、僕のように、まず全体を発想してから組み立てて行く建築家の視点と違って、刺激をいただきますね。細部から組み立てて行く、という方法もありだなあ、と。



 長野市南千歳のアイビースクエアのプロジェクトの時に、千歳公園の整備も含めました。閉鎖的にしたくないから、同心円状に広がりを持たせて風穴を開けるみたいなことを考え「風穴計画」なんてこっそり名付けていたんですが、それに通じるような気がします。細部に焦点を当てることから全体を見る、という。個人差はあるにしても、全体から大きく構想する癖が建築家にはあるように思います。


佐藤:日常の中の簡単なことに視点がいくかどうかということが、すごく大事だと思います。僕の焼き物を見て涙を流す人がいるんですよ。泣かせようと思って作っているわけじゃないんだけどね。その人の何かに引っかかるわけでしょ。細部をやり過ごす人には見えないものが、見えるんだと思います。


縣:それでちょっと思い出したことがあります。僕は若い時絵描きになることばかり考えていて、大学は建築科に入ったんだけど、それは隠れ蓑。もう、絵のことばかり。芸大の油絵科に入りたかったけど当時の競争率なんて55倍とかね。


 そのうちに親父に「いい加減に食い扶持稼げ!」って怒られて、こっちも若いから「じゃ、やりましょう」で、長野に戻って建設会社に入ったんです。その時の心境は「とにかく絵が描ければ」(笑)。


現場監督ということでしたが、毎日ホウキ持って掃除して、砂やセメントを担ぎ上げる肉体労働ですよ。一緒に入った仲間が辞めていく中、なぜ辞めなかったかというと、現場で働いている人達の顔も表情も素晴らしいんです。それを描きたい、と思ったんですね。


縣さんは、社内運動会用に描いた看板が注目されて、設計部へ異動。数多くの建築物を手がけます。中でも窪島誠一郎さんの私設美術館「無言館」では窪島さんとのコラボレーションもあって思い入れの深いものになっているそうです。



佐藤:確かに、それはあなたの感受性(笑)。実は私も画家になりたかった。アルバイトを転々としながら絵を描いている頃に、偶然出会った宮沢四郎さんという小布施の陶芸家に「アメリカ映画の看板みたいな絵じゃダメ。侘・寂を勉強しに俺のところに来い」と言われて行ったら、毎日毎日土練りの日々。侘も寂もない。四郎の仕事場を4か月で出て、絵を描こうと思ったら、なぜかどうしても陶芸がやりたくなっちゃったの。すぐにロクロを買って自宅に窯を開いたんです。独学で松代焼きから始め、日本の伝統的な焼き物はほとんどやって、李朝朝鮮の技法の粉引(こひき)に夢中になった。鉄分を含んだ赤土の素地に泥状の白土をかけることで、お化粧したような柔らかさになる。真っ白になったり黄色味を帯びたりと、焼き方による変化がすごく大きい。この敏感さがいいんです。反応がないもの、鈍感なのは面白くない。 赤い土に白を塗る技法から、泥絵を焼き物にすることを思い付いた。僕のテーマは「自然」です。土が勝手に割れるのも、空気が流れるのも、水が流れるのも、焼き物にいただいて、そして最後は自然任せ。


縣:僕も絵を描いていて、空とか川とかの自然現象は自然に任せるのがいいと、感じているところです。水を引いた上に絵の具を落とすと、ふわっと空になったり川になったり。人が変にコントロールしない方がいい。



佐藤:自然現象を焼き物にどう持ち込むかが、考えどころなんですよね。土の割れ方の法則と氷の割れる法則は違うからね。あらゆるものを観察しますよ。


 例えば彫刻をやろうという人はミケランジェロの前で立ち止まってしまうわけです。だってもう彼が全部やっているからね。焼き物もそう。いかに人がやっていないことをするかを僕は追求していて、まあ、隙間産業…ですかね。


縣:焼き物って奥が深いので、こうしてうかがっていると少しイメージできるけど、日ごろ知る機会は少ないですよね。


佐藤:そうでしょ。企業秘密の部分が多いのが焼き物です。だから、自分でやってみるといいんですよ。少し経験すれば「あ、こいつの言っていることは怪しいぞ」って分るようになるから。


縣:建築はもっとそうですね。それで僕は「住まいづくりネットワークの会」というグループで住宅セミナーを開いているんです。これは僕らの宣伝をするという趣旨じゃなく、とにかく皆さんに知識を持っていただきたくて続けているものです。


 住宅は専門家にお任せ、ではなく知識をつけて夢を膨らませて、設計者と張り合えるくらいになっていただけると、僕らのやりがいも高まりますし、いいものができるんです。


 家って、その人の生き方を反映するものですから、お付き合いの中でその人のことを知ると、この人にはどんな住まいがふさわしいのか描くことができるんです。だから僕の打ち合わせはたくさん脱線して、その人らしさを感じていくことを大切にしています。


佐藤さんの事はだんだん分ってきました。今度の家はちょっと斜面なのでジオラマをつくってイメージしてみようかと思っているところです。


佐藤:僕は建築家と張り合いながらいい家を目指しますよ(笑)。


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